(2)クヅネツク・サイクル(長期循環)
米のクズネツクの発見した1850年以降のGNP統計における22、23年周期。1930年発表。
一次産品価格と生産量のトレンドを除去したデータから22年周期の循環を発見
太陽黒点のへール・サイクル(磁極転換サイクル)22年周期
=米中西部干ばつ22年周期=クヅネツク・サイクル22年周期
→
経済活動に影響を及ぼす気象条件の周期的変化が太陽活動を基点として22年周期で循環している 類似の長期循環としてはリグルマンの建築循環(17-18年周期)がある。
54年のコンドラチェフ・サイクルとの整合性を考えると、リグルマン・サイクルが3つでコンドラチェフ・サイクルを構成するという考え方がなじむ。商品相場においては18年サイクルという考え方も多く、為替においても変動相場制となってからのデータが少ないものの、推測として18年サイクルが考えられている。
(3)ジュグラー・サイクル(中期循環)
世界で最初に景気の波を発見したことで「景気循環の父」といわれるのがジュグラー。
「仏、英、米における商業恐慌とその周期的反復」を1860年に発表。
仏、米、英の物価、利子率、銀行貸出に7-10年の周期がある。設備投資の変動を主要因としており、「設備投資循環」とも言う。「ジュグラー・サイクル」と名づけたのはシュンペーター。
◎マルクスは「資本論」等で10年周期の恐慌の繰り返しを指摘(=マルクス・サイクル)した。
周期的恐慌論であり、資本主義の悪性=打倒対象としての理由付けの論拠とした。マルクスは中期循環の根拠は「機械設備更新投資循環」と説明したが、当時は限定的に当てはまったのだろうが、現代までを考えるとすっきりしない。
◎エンゲルス「空想より科学へ」 「工業と商業の世界全体、すなわち生産と交換は、ほぼ10年に1回、大混乱に陥る。商業は停止し、市場は充満し、生産物は山と積まれて買い手がなく、現金は姿を隠し、信用はきえ、工場は閉鎖し、労働大衆は生活手段を生産しすぎたために生活手段に事欠くようになり、破産が相次ぐ。不況は数年続く。生産力も生産物も大量に浪費され、破壊される。そして山積みとなった商品が多かれ少なかれ減価して、生産と交換が再び動き始めるまで、こういう状態が続く。この歩調は次第に早くなって、早足になり、駆け足に変わり、さらに速度を早め、疾走となる。それはまさしく工業上、商業上、信用上、投機上の障害物競馬の手綱のない疾走であって、最後には命がけの飛躍をして音を立ててドブの中に飛び込むのである。これが幾たびも繰り返される。」
資本主義経済は技術革命的な成長を遂げつつ、社会主義的な要素も取り込みながら、当時に比べれば少しはマシになったのかもしれないが、相変わらず周期的にバブルを発生させ、当時と大して本質は変わっていないのかもしれない。
このサイクルは過去100年間において、さまざまな経済発展段階におけるさまざまな国で存在してきた。そのため、太陽黒点の11年周期との一致をとく「太陽黒点周期説」も唱えられている。
◎H・クラーク(英)は、英国の飢饉や恐慌が10-11年周期で規則的に発生している。これは偶然の一致ではないはずで科学的に解明すべきとして「物理経済学」を提唱した。クラークによれば景気循環(10-11年周期)は天文学的周期や気象学に関係つけられるとした。因みに最近ではエコノフィジックス(経済物理学)を提唱する研究者もいる。
◎ジェヴォンズの太陽黒点説
論文「太陽周期と穀物価格」を発表、11年周期で盛衰を繰り返す太陽黒点周期(ウォルフ黒点相対数周期=天文学者シュワーベ・サイクル)と穀物価格周期が一致していることを検証。
(注)日本の明治維新以降のジュグラーサイクルは、平均10年、1988年段階で11回観測されている。1977年に続くボトムを1987年円高不況の1986年とすれば9年。バブル絶頂とその後の平成不況のボトムである98年までは12年。98年以降の株価上昇はこのジュグラー・サイクルの強気局面という解釈も成り立つ。
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